平成24年(ワ)第18353号特許専用実施権侵害差止等請求事件(平成25年12月19日判決)(※PDF ダウンロード)
「雨水貯留浸透槽・軽量盛土用部材事件」
~ライセンス契約書の文言の解釈に関する裁判例~
平成27年 6月25日
発明の名称 |
雨水貯留浸透槽・軽量盛土用部材 |
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事件番号 |
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担当部 |
東京地方裁判所民事第46部 (裁判長裁判官 長谷川浩二、裁判官 高橋彩、裁判官 植田裕紀久) |
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結論 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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関連条文 |
特許法第102条第2項、第70条、民法第545条第1項 |
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原告 |
シンシンブロック株式会社(専用実施権者) |
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被告 |
日東商事株式会社 |
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経緯 |
①出願(特願2005-366112、出願人:林慎一郎) ②株式会社シンシンブロック(原告とは異なる会社)と被告との間で通常実施権許諾契約締結(以下「本件契約」) ③被告による被告各製品の製造、販売及び販売の申出 ④出願人名義変更届 ⑤特許査定 ⑥登録(特許第4863054号(以下「本件特許権」)、特許権者:林物産発明研究所(以下「発明研究所」)) ⑦原告と発明研究所との間で専用実施権設定登録(期間:本件特許権の存続期間、内容:製造、販売、設計、施工) ⑧株式会社シンシンブロックが被告に対し、提出を怠っている実施報告書及び実施予定報告書の提出を求めるとともに、30日以内に履行がない場合には本件契約を解除する旨の催告を行う。 ⑨株式会社シンシンブロックは,被告に対し,催告後30日が経過しても被告が実施報告書等を提出しないとし,本件契約を解除する旨の意思表示をした(以下,この解除を「本件解除」という。)。 |
①平成17年12月20日
②平成20年 4月 1日
③遅くとも平成20年10月頃
④平成22年 8月 3日 ⑤平成23年10月18日 ⑥平成23年11月18日
⑦平成24年 2月10日受付
⑧平成24年 7月 4日
⑨平成24年 8月 8日 |
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通常実施権許諾契約の内容
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(ア)実施権の許諾(1条、2条) 株式会社シンシンブロックは、本件契約の期間中、被告に対し、日本国内において、雨水貯留浸透施設シンシンブロック(SSBB。以下「本製品」という。)及び本製品を用いて構築する全ての施設(以下「本施設」という。)に関し株式会社シンシンブロックが現に有する契約書の別表1に記載の5件の特許を含む特許(以下「本特許」といい、別表1に記載の各特許を「別表1の各特許」という。)の存続期間中、本製品の製造及び販売並びに本製品を使用した施設の設計、施工及び販売を行う権限(以下「本通常実施権」という。)を許諾する。 (イ)株式会社シンシンブロックの義務(3条) 本契約によって生じる株式会社シンシンブロックの権利及び義務は株式会社シンシンブロックが窓口となり全て行うものとし,本製品に関わる必要な産業財産権は株式会社シンシンブロックがその使用を保証する。 (ウ)対価及び支払い方法(6条) 対価は,被告と株式会社シンシンブロックが協議の上,別途覚書に定めるものとし,被告は,毎月末日を締切日とし,当月の合計金額に消費税を加算して,翌月末日までに株式会社シンシンブロックの指定する銀行口座に振り込む。 (エ)実施報告(7条) a 被告は,上記(ウ)の締切日から14日以内に,当月の販売ないし自社使用した本製品の型式,販売数量,販売先及び対価と本施設の名称,設置場所,規模,使用目的,施工時期等の内訳を記載した実施報告書を株式会社シンシンブロックに送付するものとする。 b 被告は,3か月ごとに次の3か月間の本製品の販売予定数量とその販売予定に係わる本施設の名称,設置場所,規模,使用目的,施工時期等の内訳を記載した実施予定報告書を株式会社シンシンブロックに通知する。 (オ)解除(13条) 被告及び株式会社シンシンブロックは,相手方が本件契約に違反した場合,相手方にその是正を催告し,文書による催告後30日以内に相手方が当該違反を是正しないときは,本件契約を解除することができる。ただし,本件契約を解除するに当たり,被告及び株式会社シンシンブロックは相互に債権債務を精算しなければならない。 (なお、契約期間は5年間) |
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本件における争点 |
(1)被告各製品の本件発明(本件特許権の特許請求の範囲の請求項1に係る発明)の技術的範囲への属否 (2)本件特許(本件発明に係る特許)は特許無効審判により無効にされるべきか。 (3)本件契約に基づき被告が本件特許権の実施権を有するか (4)本件解除の有効性 (5)原告の損害
※筆者注:本判決は、争点(1)については文言侵害を否定し、均等による特許権侵害を否定した上で、「念のため」として争点(3)及び(4)について判示している。なお、争点(2)及び(5)については判示していないようである。 本稿では、「念のため」判示された争点(3)及び(4)について検討する。 |
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当事者の主張 |
原告の主張 |
被告の主張 |
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(1)契約当事者について |
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原告は本件契約の当事者ではない。また,原告が,本件特許権の専用実施権の設定を受けているから,株式会社シンシンブロックは本件特許権に係る通常実施権を許諾できる地位にない。 これに対し,被告は,原告が本件契約の当事者ではないと主張することは,禁反言,信義則及び権利濫用の法理に照らして許されないと主張する。 しかし,原告グループは分野別に事業会社を設立し,各グループ会社が保有する特許権を発明研究所に集約したのであり,このことは何ら不自然ではなく合理的である。逆に,事業会社である株式会社シンシンブロックに特許権を集約する理由こそ存在しない。また,原告は,発明研究所と株式会社シンシンブロックが別法人であることを明確に認識し,それらを峻別していた。別表1の各特許は,特許権者である発明研究所から専用実施権の設定を受けることにより株式会社シンシンブロックが権利者となる予定であったことから,先んじて株式会社シンシンブロックを当事者としたにすぎないものである。
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本件契約の当事者は,契約書上は,被告と株式会社シンシンブロックである。 しかしながら,原告,株式会社シンシンブロック,株式会社林物産(以下「林物産」という。)及び発明研究所(以下,これらの会社を併せて「シンシンブロックグループ」という。)は,いずれもその取締役及び監査役がX1及びその妻子らによって占められた同族会社であって,その所在地も基本的には同一であり,実態は一つの会社である。 シンシンブロックグループは,林物産や株式会社シンシンブロックを特許権者として特許を取得した後,同社に特許権を集中して帰属させていたところ,最終的には発明研究所に特許権を移転させ,株式会社シンシンブロックに専用実施権を設定するなどしてきた。これらの行為は,株式会社シンシンブロックが被告を含む複数の債権者に対し10億円を超える多額の債務を負っていたため,取引上の債務のない発明研究所を別途設立して上記特許権を移転し,これら特許権を差し押さえられる危険を回避するためにされたものであった。このように,シンシンブロックグループは法人格を悪用している。 したがって,本件契約書の記載を理由に原告が本件契約の当事者ではないと主張することは,禁反言,信義則及び権利濫用の法理に照らして許されない。
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(2)契約の対象となる特許権について |
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本件契約の対象は,株式会社シンシンブロックが契約締結当時に保有している特許に限られている。しかるに,本件特許は本件契約締結日以降に登録されたものであるから,本件契約の対象外であることが明らかである。 |
また,本件契約の契約書には,実施許諾の対象として本件特許の記載がないが,契約書の記載から明らかなとおり,別表1の各特許は例示にすぎない。むしろ,本件契約においては,株式会社シンシンブロックの義務として本製品に関わる必要な産業財産権の使用を保証すると規定されており,別表1に記載のない特許等についてもその使用を許諾することが積極的に明記されている。そして,被告各製品は,雨水貯留浸透シンシンブロック(SSBB)であり,「本製品」に当たるところ,これが本件発明の技術的範囲に属するとすれば,本製品の製造及び販売のために本件特許が必要となる。そうすると,本件特許は,本件契約の締結時点では登録されていなかったために別表1に記載はないが,本件契約の対象となるというべきである。 |
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(3)本件解除の有効性について |
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ア 株式会社シンシンブロックは,被告に対し,実施報告書等の提出義務を履行するよう文書により催促したが,被告がこれを履行しなかったため,本件契約の定めに基づき本件解除の意思表示をした。
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ア 株式会社シンシンブロックの解除理由は,実施報告書等の提出義務を被告が履行しないということである。しかしながら,以下のとおり,実施報告書等を送付しないという実務慣行が合意事項になっていたから,その送付をしなかったことを理由に本件契約を解除することはできない。 すなわち,本件契約の締結当時,株式会社シンシンブロックは,本製品の製造を委託していた複数の会社に対する製造代金の支払を遅滞して10億円を超える未払代金を生じさせていた。そのため,株式会社シンシンブロックの廃業の恐れを考慮することなく各製造会社が安心して本製品を製造できるようにする目的で,株式会社シンシンブロックに対する最大の債権者であった被告が本製品を製造販売する権利を取得し,被告から各製造会社に本製品を発注して販売することとして,本件契約が締結されたのである。もっとも,被告は発注業務を株式会社シンシンブロックに委ねていたので,同社においては,実施報告書等の送付を待つまでもなく,その担当従業員を通じて販売数量等の把握ができていた。このようにして,被告と株式会社シンシンブロックの間に,実施報告書等を送付しないという実務慣行が成立しており,これが両者間の合意となっていたのである。
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イ これに対し,被告は,① 実施報告書等は実務慣行上送付を求めないことになっていた,② 債権債務を精算するまでは解除の効力が生じないと主張する。 しかし,① 株式会社シンシンブロックは,被告との関係が悪化した後,被告からの請求書の内容に疑義があることを発見したため,被告から「書面による」実施報告を受け,その内容を確認する必要があった。なお,株式会社シンシンブロックがその従業員を通じて実施報告の内容を把握していたとしても,「書面による」実施報告義務が免除されることはないし,少なくとも当該従業員が懲戒解雇された平成22年10月28日以降は「書面による」実施報告義務を履行する必要がある。 また,② 契約解除に当たり債権債務を精算しなければならない旨の規定は,本件契約が解除された場合に,解除の後に債権債務を精算すべき旨を規定したものと解釈するのが公平であり自然である。 したがって,本件解除は有効である。 |
イ さらに,本件契約においては,契約を解除するに当たっては債権債務を精算しなければならない旨規定されている。これは,本件契約が締結されたのが,それまで株式会社シンシンブロックが行ってきた本製品の製造販売に関する取引を継続させるとともに,被告が株式会社シンシンブロックに対する債権を本件契約により株式会社シンシンブロックに支払うべき対価と相殺して回収することを目的とするものであったので,株式会社シンシンブロックの債務がすべて弁済されるまでは,本件契約を解除することができないとしたものである。 本件解除の意思表示がされた平成24年8月8日当時,株式会社シンシンブロックは被告に対し少なくとも4億円を超える債務を負っていた。したがって,株式会社シンシンブロックによる本件解除は効力を生じない。 |
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裁判所の判断 |
(1)契約当事者について ア 本件契約の当事者は株式会社シンシンブロックであり,原告(シンシンブロック株式会社)と異なることは明らかであるが,両社は,商号が酷似する上,現在又は過去の代表者,本店所在地及び目的(雨水貯留浸透施設及び簡易耐震水槽の設計・施工・監理等)を共通にしている。したがって,通常の注意力を持った取引関係者であっても,両社を同一の会社と誤解する可能性が高いということができる。 イ これに加え,証拠及び弁論の全趣旨により、株式会社シンシンブロック、株式会社林物産、発明研究所の代表者が夫婦や長男であり、また,これらの者の親族が株式会社シンシンブロック,林物産及び発明研究所の役員に多数就任していること等が認められる。 ウ 上記事実関係によれば,① 株式会社シンシンブロック,原告,林物産及び発明研究所は,実質的な経営者を共通にし,互いに密接な関係のあるグループ会社であること,② 上記各社は,本件特許権を含む知的財産権の対外的な行使に当たっては,特許登録上の権利の所在等にかかわらず,株式会社シンシンブロックを中心として行動していること,③ 原告は,株式会社シンシンブロックが多額の負債の弁済に窮しているという状況下で,同社の商号に「新」を付した商号で設立された後,その商号を同社と酷似する「シンシンブロック株式会社」に変更したことが明らかであり,さらに,株式会社シンシンブロックが保有していた特許権を他のグループ会社に譲渡した旨の登録をする,グループ内に同一商号の会社を設立するなど,債権者の追及を免れるために法人格を濫用していることがうかがわれる。これらの事情を総合すると,本件特許権の専用実施権者である原告が,グループ会社が有する特許権の通常実施権を許諾することを内容とする本件契約につき,契約当事者は株式会社シンシンブロックであって原告は本件契約と無関係である旨主張することは,法人格濫用の法理により許されず,原告は,本件契約において特許権者の側が負うべきものとされた義務の履行を免れないと解するのが相当である。
(2)契約の対象となる特許権について 前記前提事実のとおり,本件契約は,株式会社シンシンブロックが被告に対し,本製品に関して現に有する特許につき通常実施権を許諾するとともに,本製品に関わる産業財産権の使用を保証するものである。本件特許は,本件契約の文言に照らすと,ア 別表1の特許として列挙されていないこと,イ 権利の主体が発明研究所及び原告であること,ウ 契約締結の時点で「現に」存在するものでないことから,実施許諾の対象になるかどうかにつき疑義があるといえるが,これらの点に関しては次のとおりに解するのが相当である。 ア 本件契約は,許諾の対象には「別表1に記載のものを含む」旨規定しており,これが例示にとどまることはその記載から明らかである。 イ 権利の主体に関しては,上記(1)で説示したところに照らせば,株式会社シンシンブロックだけでなく,発明研究所及び原告が有する権利を含むと解すべきである。 ウ 被告各製品は,本件契約にいう本製品(シンシンブロック)に該当するものであるので,これが本件発明の技術的範囲に属するとすれば,本件特許権は「本製品に関わる産業財産権」に当たることになる。また,本件特許権は,登録がされたのは本件契約の締結後であるが,それより前に出願され,出願公開もされていたから,上記グループ各社は,本件契約の締結に当たり,これが登録されれば上記の「産業財産権」になることを当然に認識していたと解される。したがって,被告は,本件契約により,本製品の製造販売のために本件発明を実施することを保証されていたと認めることができる。 したがって,本件特許権は本件契約の対象となり,被告は本件契約により本件特許権について実施許諾を受けたものと認められる。
(3)本件解除の有効性について 本件契約は,相手方の契約違反を理由として解除することができる旨定めるとともに,「本契約を解除するにあたり,甲乙相互に債権,債務を精算しなければならない。」と定めている(甲は被告,乙は株式会社シンシンブロックを指す。乙5)。そして,契約が解除された場合,契約当事者の間にはその後も原状回復その他債権債務を精算すべき関係が残るのは当然であるから,上記の条項は,解除の効力を生じさせるためには解除の前に債権債務を精算することを要すると定めたものと解するのが合理的であり,「解除するにあたり」との文言もこのような解釈に沿うとみることができる。 さらに,株式会社シンシンブロックが被告に対し多額の債務を負っており,被告がこれを回収する手段の一つとして本件契約を締結したと考えられること(本件契約により被告が株式会社シンシンブロックに支払うべき実施料と,同社が被告に対して負う債務を相殺する形になる。)に照らすと,被告においては,債権債務が回収される前に本件契約が解除され,本製品の製造販売ができないことにされると,多大な不利益を被ることになる。そうすると,上記条項は,そのような事態を避けるため,債権債務を精算しなければ本件契約を解除することができないと定めたものと解するのが相当である。 そして,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告と株式社シンシンブロックの間の債権債務はいまだ精算されていないと認められるから,本件解除は効力を生じないというべきである。
(4) 以上によれば,被告各製品が本件特許の技術的範囲に属するとしても,被告による被告各製品の製造,販売等が本件特許権の侵害に当たるということはできない。
※下線は筆者 |
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考 察 |
本件の事実関係を図示すると下図1のようになる。 なお、X1とX2は夫婦であり、X3は長男である。 本件は、原告が被告に対して専用実施権の侵害にあたるとして損害賠償等を請求した。これに対して、被告が専用実施権の侵害を否認し、仮に、被告の各製品が本件発明の技術的範囲に属するとしても、本件契約(通常実施権許諾契約)により権原を有するため本件特許権の侵害には当たらないと抗弁したものである。被告は権原を有するのか。具体的には、(1)契約当事者は㈱シンシンブロックだけなのか、(2)原告が契約当事者としての義務を免れないとしても、本件特許は本件契約の対象なのか、(3)本件特許が契約の対象たる特許権であるとしても、本件解除は有効なのかが争点となっているので、それぞれ以下検討する。
(1)契約当事者について 本件契約書の文言上、契約一方当事者は原告(シンシンブロック株式会社)ではなく、株式会社シンシンブロックであるが、両社は実質的には同一であるように思える。そこで、原告は本件契約の契約当事者といえるのかどうか、いわゆる法人格否認の法理の適用があるかが争点とされている。 法人格否認の法理とは、取引の安全を保護するため「・・・株式会社形態がいわば単なる藁人形に過ぎず、会社即個人であり、個人則会社であって、その実質が全く個人企業と認められるが如き場合、・・・会社名義でなされた取引であっても、相手方は会社という法人格を否認して恰も法人格のないと同様、その取引をば背後者たる個人の行為であると認めて、その責任を追求すること」ができる法理であり、類型として「法人格が全くの形骸にすぎない場合、または法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合」があるとされている(最一小判昭和44年2月27日(昭和43年(オ)第877号事件))。 本件では、裁判所が認定した事実によると、①本件契約の当事者(株式会社シンシンブロック)と原告(シンシンブロック株式会社)と特許権者(発明研究所)は、実質的な経営者を共通にし、互いに密接な関係のあるグループ会社であること、②知的財産権の対外的な行使に当たっては、株式会社シンシンブロックが中心であること、③株式会社シンシンブロックが多額の負債の弁済に窮している状況下で酷似する商号に変更したこと等が明らかであり、さらに、原告が債権者の追及を免れるために法人格を濫用していることがうかがわれるとのことである。 これらの認定事実の下、裁判所は、原告が本件契約とは無関係である旨主張することは「法人格濫用の法理により許されず」、原告は本件契約において特許権者側の負うべき義務の履行を免れないと結論づけている。 この点、法人格否認の法理は明文上の根拠はないため安易に適用するものではないが、上述のように詳細に認定された事実関係の下において背後者をグループ会社であると認めて、本件に適用する限りでは、妥当な結論が示されたと考える。 なお、法人格否認の法理は、例外的なものであるので、本件のように詳細な事実を立証するためにかなりの証拠を準備する必要があると思われる。
(2)契約の対象となる特許権について 本件特許権は、本件契約締結時に設定登録されておらず、又、別表1にも列挙されていないようので、本件契約の対象となる特許権に含まれず、被告は原告の専用実施権を侵害することになるのではないか。本件契約の「別表1に記載のものを含む」との記載をどのように解釈するべきか、契約書の文言の解釈について明文上規定がないことから争点とされている。 本件において裁判所は、別表1の各特許は例示にとどまることはその記載から明らかであり、又、権利主体は上記(1)説示の如く原告が有する権利を含むと解すべきであり、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するとすれば本件特許権は「本製品に関わる産業財産権」に当たると認定している。また、裁判所は、本件特許権は本件契約締結より前に出願され、出願公開もされていたから、原告は上記の「産業財産権」になることを当然に認識していたと認定して、本件特許権は本件契約の対象であり、被告は実施許諾を受けたものと認められると判示している。 この点、「含む」は、一般に「中にこめている」といった意味を有する語としてよく知られている(広辞苑第6版2442頁)。 また、本件契約では「5件の特許」と特定することなく、わざわざ「5件の特許を含む特許」と記載している。 さらに、本件契約締結時点では権利化されていなくても、出願公開されている発明ならば、契約当事者としては本製品の製造販売のために、本件特許発明も実施することを保証(「その使用を保証」)されていたと考えるのは自然である。 したがって、本件は妥当な結論が示されたと考える。
(3)本件解除の有効性について 株式会社シンシンブロックによる本件解除が有効ならば、被告は権原を有しないことになり、解除後の被告の行為は専用実施権を侵害することになる。そこで、解除の効力は生じているのか、「本契約を解除するに当たり、甲乙相互に債権債務を精算しなければならない。」の「解除するに当たり」の意義が争点とされている。 本件において被告は、「解除するに当たり」の意義が「解除の後に」を規定した旨主張する。 しかしながら、本件において裁判所は、契約が解除された場合、原状回復その他債権債務を清算すべき関係が残るのは当然であるから、上記条項は解除の前に債権債務を清算することを要すると定めたものと解するのが合理的であり、「解除するに当たり」の文言にも沿うと判示している。さらに、原告のグループ会社が多額の債務を負っていること等を認定して「解除するに当たり」を「解除する前に」と解釈している。 この点、例えば、売買契約において契約を解除した後、買主は買った物を返し、売主は受け取ったお金を返すといったことが一般に行われているように、「契約が解除された場合、原状回復その他債権債務を清算すべき関係が残る」ことが想起できる(原状回復義務、民法545条第1項本文参照)。 そうすると、解除後にいわゆる原状回復義務が生じるのは一般的であるのに、あえて「本契約を解除するに当たり、甲乙相互に債権債務を精算しなければならない。」という規定を設けたことと、原告のグループ会社が多額の債務を負っており、被告がこれを回収する手段の一つとして本件契約を締結した等の本件事実関係とを考慮すると、「解除するに当たり」を「解除前に」と解釈することができる。 したがって、いまだ債権債務が整理されていない本件契約について、解除の効力は生じないとの裁判所の結論は妥当であると考える。
なお、現時点において本件は控訴されており判決は確定していない。
(感想) ・上述(1)の法人格否認の法理をめぐっては、その根拠や要件など判例・学説上さまざまな議論があるので、本検討ではこれ以上立ち入らない。 ・上述(2)の「含む」の解釈のように、一の条項に規定された文言の意味について、他の条項に規定された文言と整合的に解釈されるので、契約書を作成する際には他の条項と齟齬がないように十分に注意する必要があると思われる。 ・また、契約するに際しては、ライセンスの対象となる権利が明確に特定されているかどうか慎重に吟味して契約すべきであると改めて認識させられる。 ・上述(3)の「解除するに当たり」の解釈のように、裁判所は、「合理的に解釈できる」かどうか、「文言に沿う」かどうかが解釈手法の一つであることを示しているようであるので、契約書の文言を選択する際には、その文言の意味を合理的に解釈するとどうなるかなど十分に検討しておく必要があると思われる。 ・また、4億円もの債権を回収するためといった事情も考慮されて「解除するに当たり」を「解除する前に」と解釈されているが、そもそも解釈に疑義が生じないように「するに当たり」を使う場合には念のためよく吟味して使うのがよろしいかと思われる。 |