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知財裁判例速報

平成29年(行ケ)第10085号 特許取消決定取消請求事件:電力変換装置

  • 2018/04/10
  • 知財裁判例速報

事件番号等

平成29年(行ケ)第10085号 特許取消決定取消請求事件

裁判年月日

平成30年3月26日

担当裁判所

知的財産高等裁判所(第4部)

権利種別

特許権(「電力変換装置」)

訴訟類型

行政訴訟:決定(取消・成立)

結果

決定取消

主文

  1. 特許庁が異議2016-700153号事件について平成29年3月14日にした決定を取り消す。
  2. 訴訟費用は被告の負担とする。

趣旨

主文同旨

取消事由

(1) 本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り(取消事由1)
(2) 明確性要件の判断の誤り(取消事由2)
(3) 進歩性の判断の誤り(取消事由3)

裁判所の判断

  • 本件訂正は,当業者によって,本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるから,新規事項を追加するものというべきである。したがって,本件訂正は認められない。よって,取消事由1は理由がない。
  • 「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」は「上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」いとの本件発明1の特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。同記載が明確ではないから,本件各発明の特許請求の範囲の記載は,明確性要件に適合しないとする本件決定の判断は誤りである。よって,取消事由2は理由がある。
  • 引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないから,当業者は,引用発明に本件周知技術を適用することにより,相違点1及び2に係る本件発明1の構成を容易に想到することはできない。したがって,本件発明1は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたということはできない。また,本件発明2,3,5及び6は,本件発明1の発明特定事項を全て含み,さらに他の限定を付加したものであるから,当業者が引用発明に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。よって,取消事由3は理由がある。
  • 以上のとおり,原告主張の取消事由のうち,取消事由2及び3は理由があるから,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

キーワード

進歩性(相違点の判断)/特許請求の範囲の記載要件(明確性)/補正・訂正の許否(新規事項の追加)/動機付け



実務上役立つと思われる点を、以下の通り判決文より抜粋する。

  ア 引用発明は,モータの回生モードにおいて,回生電力の消費能力を高めるという課題に対して,順方向電圧降下が高いボディダイオードに電流を流し,回生電力を消費させるというものである。
このように,引用発明は,モータの回生モードにおいて,ボディダイオードに電流を流し,ボディダイオードにおいて回生電力を損失させるという課題解決手段を採用したものである。一方,本件周知技術は,寄生ダイオード側に電流を流さず,発熱損失を低減させるというものであるから,引用発明の課題解決手段と正反対の技術思想を有するものである。したがって,当業者は,引用発明におけるモータの回生モードにおいて,正反対の技術思想を有する本件周知技術を適用することはない
そして,引用例には,引用発明の電力変換装置において,力行モードを回生モードから切り離し,力行モードの動作のみを変更することを示唆するような記載はないから,当業者は,力行モードにおける動作のみを変更することを容易に想到することはない。
したがって,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないというべきである

  イ また,仮に,当業者が,引用発明の電力変換装置のうち,モータの力行モードにおける動作のみを変更することを想到し得たとしても,引用発明は,モータの力行モードにおいて,ワイドギャップ半導体を用いた場合に生じるボディダイオードの導通損失が大きくなるという課題に対して,ワイドバンドギャップ半導体のスイッチングが速いという特性を用いて,パワートランジスタQHとパワートランジスタQLのいずれもがオフ状態になっているデッドタイムを極力減らすことにより,ボディダイオードの導通状態の時間を短縮し,ボディダイオードにおける導通損失を抑えるというものである。そうすると,引用発明は,モータの力行モードにおいて,ボディダイオードの導通損失を低減させるという課題を有するものの,ワイドバンドギャップ半導体の特性に基づくデッドタイムの短縮化により,これを解決しているものである。

そもそも,本件周知技術は,MOSFETをオンにし,寄生ダイオード側に電流を流さないという同期整流の技術である。一方,引用発明におけるモータの力行モードは,省電力化の観点から,パワートランジスタQH及びQLは二相変調によるオンオフ制御が有利であるとされている(【0032】【図6】)。そして,引用発明は,パワートランジスタQH及びQLのいずれもがオフされる時間であるデッドタイムを,パワートランジスタQH及びQLのターンオフ時間より十分に長く設定することにより,パワートランジスタQH及びQLが貫通電流により破壊されるのを防止するという構成を有するものである(【0005】)。このように,力行モードにおいて二相変調によるオンオフ制御を行う引用発明では,パワートランジスタQH(又はQL)がオフ状態であるデッドタイムにおいて,パワートランジスタQL(又はQH)はターンオフの途中であり,まだ導通している。そして,このような状態の引用発明において,パワートランジスタQH(又はQL)を同期整流によりオンにすることは,貫通電流が流れることになるから,パワートランジスタQH及びQLの破壊につながる。そうすると,引用発明における力行モードにおいて,同期整流によりパワートランジスタをオンにする余地はないから,当業者は,引用発明に,本件周知技術を適用しようと考えるものではない。
したがって,モータの力行モードを前提にした場合であっても,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないというべきである。

  ウ よって,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないから,引用発明に本件周知技術を適用することにより,相違点1及び2に係る本件発明1の構成を採用することを,当業者が容易に想到することができたということはできない

  エ 被告の主張について
被告は,引用発明におけるモータの力行モードにおいては,ボディダイオードの導通による損失の更なる低減を図る課題がある旨主張する。
しかし,そもそも,当業者は,引用発明の電力変換装置のうち,力行モードにおける動作のみを変更することを容易に想到することはないから,引用発明において,力行モードにおける上記課題の解決のために,回生モードにおける動作の際に採用することが否定される寄生ダイオード側に電流を流さないという技術を採用することを,容易に想到し得ない。
また,引用発明は,モータの力行モードにおいて,ボディダイオードの導通による損失を,ワイドバンドギャップ半導体の特性に基づくデッドタイムの短縮化により,これを解決しているものである。引用発明において,さらに,ボディダイオードの導通による損失の低減を図る課題があったとしても,それは,直列につないだパワートランジスタのいずれもがオフ状態になっていることを前提とする課題であって,パワートランジスタをオンにする本件周知技術は,引用発明の課題を解決するようなものではない。引用発明と本件周知技術の課題とは,ボディダイオード(寄生ダイオード)の損失を低減するという点で抽象的には共通するものの,課題の生じる局面が異なるものである。
したがって,課題の共通性をもって,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けがあるという被告の主張は,採用できない


 

判決文