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判例検討(9)「商標法4条1項6号における「著名」の基準を判断した裁判例」

  • 2015/11/06
  • 判例検討

平成24年(行ケ)第10125号審決取消請求事件(平成24年10月30日判決)(※PDF ダウンロード)

 

「日南市章事件」

~商標法4条1項6号における「著名」の基準を判断した裁判例~

 

平成27年 9月25日 

 

事件番号

平成24年(行ケ)第10125号審決取消請求事件(平成24年10月30日判決)

結論

拒絶審決の取消

担当部

知的財産高等裁判所第3部

(裁判長裁判官 芝田俊文、裁判官 岡本岳、裁判官 武宮英子)

関連条文

商標法4条1項6号

原告

大和建工材株式会社

被告

特許庁長官

本願商標(左)と

日南市章(右)

 1  2

経過

①出願(商願2009-54010)

②拒絶理由通知書

③意見書

④拒絶査定

⑤拒査不服審判請求(不服2011-10066)

⑥拒絶審決

⑦同謄本送達

⑧審決取消訴訟出訴

⑨判決(請求認容(審決取消))

⑩登録(登録第5551739号)

平成21年 7月16日

平成21年10月30日(発送日)

平成21年11月 5日

平成23年 4月15日(発送日)

平成23年 5月13日

 

平成24年 2月28日

平成24年 3月19日

平成24年 4月 4日

平成24年10月30日

平成25年 1月25日(登録日)

取消事由

(1)審決は,日南市章を著名なものと認定したが,誤りである。

(2)審決は,本願商標と日南市章が類似すると判断したが,誤りである。

※本稿は、取消事由(1)について述べる。

当事者の主張

原告の主張

被告の主張

 審決は,日南市章は,平成21年11月2日に告示されたものであり,告示は広く一般に知らしめるものであることから,「著名なもの」として扱うのが相当であると判断したが,一般国民がこれを知ることになったかは事実の問題であり,告示の性質,目的と著名になったかどうかは同じではない。審決の上記判断は,商標法4条1項6号の解釈を誤ったものである。

日南市章は,旧日南市の告示により,昭和25年12月20日に一般に知らしめたとみなすことができる。そして,日南市章は,同市を表示するものとして,同市の公共施設,HPなどに使用され,また,これに接する需要者においても,同市を表示するものとして親しまれてきたものである。また,日南市は,平成21年11月2日に,告示第183号により市章を中央に表示した市旗も併せて制定しており,市庁舎など公共的な施設に市旗を掲揚するとともに,大きなイベントの際には,日南市の関与を知らしめるように,メインとなる舞台や調印式などの背景に市旗が掲げられている。そして,日南市の母体に新旧の変遷があったとしても,日南市章は,昭和25年の制定以降現在に至る約60年の間使用された結果,日南市はもとより宮崎県内外において周知著名なものとなっているということができる。

 商品「マンホール」は,本願指定商品中「建築用又は構築用の金属製専用材料」の範疇に含まれるものである。そして,日南市がマンホールの蓋に市章を刻印しているのと同様に,マンホールの蓋には各自治体の章が刻印されることが少なくない。そして,公共工事に用いられる建材を提供している事業者がユーザーへのサービスの一環として,自身のHPより県章・市章等のPDFデータを提供している。以上の事実から,本願商標の指定商品など公共工事に用いられる建材を提供する事業者は,一般の者よりも地方公共団体の県章や市章等に相当程度注意を払っているという取引の実情が存在するといえる。

 以上のとおり,日南市章の使用及び本願商標の指定商品分野における取引の実情を考慮すれば,日南市章は,日南市はもとより宮崎県内外において一般に広く知られているものということができるから,日南市章は,地方公共団体を表示する標章であって著名なものということができる。

 被告は,本件訴訟において,日南市章が著名であると主張し,書証を提出するが,審査・審判において原告に通知されたものではない。拒絶理由通知書(乙27)においては,日南市章が「著名」であるとの通知はしていないし,審決において,突然,制定時に告示をしたので「著名なもの」として扱うと認定したものである。このような認定は,商標法15条の2に違反する。

 平成21年10月26日付け拒絶理由通知書(乙27)の理由1において,日南市章が広く知られている標章,すなわち,著名な標章であって,本願商標はそれと類似するものである旨の拒絶理由を通知しているから,商標法15条の2に違反するとの原告の主張は,失当である。また,原告は,審査・審判において,日南市章の著名性について争点としておらず,本件訴訟において初めて争ってきたものであるから,被告がその点について具体的な主張・立証を行うことに何ら問題はない。

 本願商標は,図形と文字とを一体とした標章であって,これを2つに分離して認識することはあり得ない。けだし,このような標章は,図形又は文字を「読む」のではなく,正に一目にして截然と判断するものであるからである。本願商標の図形部分は,太陽から光が差した状態を示す図形として一般的なものであり,文字部分が無視されるほど,需要者に強く支配的な印象を与えるものではない。すなわち,「日」という漢字は,太陽を示す象形文字(古代書体)がもとになっていることは,漢和辞典にも広く記載されており,周知であるし(太陽の惑星記号にもなっている。),灯台を示す地図記号が光源(太陽)から光が放出されていることを意味する記号であることも周知である(甲26,27)。また,日本銀行の行章は,日南市章と同一であるが,同行のHPには,同行章について,「「日」という漢字の古代書体の一種です」(甲28)との説明がある。以上のとおり,本願商標の図形部分は,古代書体の一種であり,太陽から光が差した状態を示す図形として一般的なもので,需要者に強く支配的な印象を与えるものではない(光が上下左右に4本伸びたものは,日立製作所の社章などでも知られるものである。)。したがって,本願商標に接した需要者は,かかる一般的な図形部分よりも,むしろ社名を示す「DAIWA」との文字部分に注目し,全体として「DAIWA」という観念を抱くのであり,また「ダイワ」の称呼を認識するのである。

 これに対して,日南市章は,図形のみであり,外観は明らかであるが,称呼,観念を生じない。よって,本願商標と日南市章が類似するとの審決の判断は,誤りである。

 本願商標は,上下左右に三角形の突起を有する黒塗りの肉太円輪郭とその輪郭内部の中心に内包される黒塗りの正円からなる図形を大きく書き出し,その下方に上記図形と比して1/6程の大きさで「DAIWA」の文字を配した構成からなるものである。しかして,上部図形部分と下部文字部分とは視覚上分離して把握されるものであるばかりでなく,該図形部分の占める面積は該文字部分に比べ相当程度大きいものであるから,看者の目に付きやすい部分ということができ,該図形部分は,取引者,需要者をして,強く支配的な印象を与える部分ということができる。そして,本願商標は,その構成中の図形部分が下段の欧文字部分を図案化したものでもなく,また,該図形部分及び該欧文字部分は,何らの関連を有するものでもないから,該図形部分及び該欧文字部分のそれぞれが独立して商品の出所の識別標識としての機能を有するものということができる。そうとすると,本願商標は,強く支配的な印象を与える図形部分を要部抽出し,この部分をもって他人の商標(標章)と比較して商標(標章)そのものの類否を判断することが許されるべきものである。

 一方,日南市章は,上下左右に三角形の突起を有する黒塗りの肉太円輪郭とその輪郭内部の中心に内包される黒塗りの正円からなる図形である。

 以上,本願商標は,その構成中,上段の図形部分が,自他商品識別標識として独立して認識,把握されるというべきであるから,該図形部分と日南市章と比較することが許されるところ,両者は,共に,上下左右に三角形の突起を有する黒塗りの肉太円輪郭とその輪郭内部の中心に内包される黒塗りの正円からなるものであるから,互いに類似するものというべきである。

裁判所の判断

 原告主張の取消事由には理由があり,審決は,違法として取り消されるべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

 

1 日南市章の著名性について

 審決は,「公的な機関である地方自治体を表彰するために用いられる都道府県、市町村の章は、制定時に告示が行われるものであり、そして、告示は、広く一般に知らしめるものであることから、商標法第4条第1項第6号にいう「著名なもの」として扱うのが相当である」(2頁17行~20行)として,日南市章の実際の著名性について認定することなく,「著名なもの」と認めた。しかしながら,商標法4条1項6号は,「国若しくは地方公共団体……を表示する標章であって著名なものと同一又は類似の商標」と規定しているから,同号の用を受ける標章は「著名なもの」にられると解すべきであり(告示された国又は地方公共団体を示する標章が当然に著名なものとなるけではない。),著名であるか否かは事実の問題であるから,告示されたことのを理由として「著名なもの」とした審決の判断手法は,認することがでない。そして,同号は,同号に掲げ公共性に鑑み,その用を尊重するとともに,出同をいで取者,要者の利益護しようとの旨に出たものと解されるから,ここに「著名」とは,指定商品・役務る一商以上の範囲の取者,要者に広く認識されていることを要すると解するのが相当である。

 

 そこで,日南市章が「著名なもの」と認められるか否かについて検討する。

 日南市章は昭和25年12月20日に旧日南市の市章として制定され,日南市もこれを継承していること,日南市章は,日南市を表示するものとして同市の公共施設,HP,広報用パネル,マンホールの蓋などに使用され,大きなイベントの際には,メインとなる舞台や調印式などの背景に日南市章が赤色で表示された日南市旗が掲げられていること,これらのイベント等を報じる新聞記事やテレビ放送には,背景等に日南市章が写ることも多く,また,日南市の観光や物産を紹介する書籍,HPにも,日南市の名称とともに日南市章が掲載されることがあること,が認められる。

 しかしながら,日南市章が,日南市の公共施設やHP等に表示されたからといって,本願商標の指定商品の取引者,需要者が一般に目にするとは認められない。また,イベント等を報じる新聞記事の写真,テレビ放送等に写る日南市章は,背景として小さく写り込んでいるにすぎず,目立つものとは認められない。そして,日南市の観光や物産を紹介する書籍,HPも,本願商標の指定商品の取引者,需要者が一般に目にするとは認められない。被告は,本願商標の指定商品に含まれる商品「マンホール」の蓋は自治体の章が刻印されることが少なくなく,公共工事に用いられる建材を提供する事業者は県章や市章等に相当程度注意を払っているという取引の実情が存在すると主張する。しかしながら,マンホールの蓋を扱う取引者,需要者の数は明らかではなく,本願商標の指定商品の取引者,需要者のうちのどの程度を占めるのかは不明というほかない。

 したがって,被告の主張する上記取引の実情を考慮しても,上記認定の事実から,審決時に,日南市章が本願指定商品「建築用又は構築用の金属製専用材料,金属製建具,金属製建造物組立てセット」,「セメント及びその製品,木材,石材,建築用ガラス」及び「清掃用具及び洗濯用具」に係る一商圏以上の範囲の取引者,需要者に広く認識されていたと認めることは,困難である。

 

2 本願商標と日南市章との類否について

 商標法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁)。

 そこで,これを本件についてみると,日南市章は,別紙記載2のとおりの構成,すなわち,上下左右に三角形の突起を有する黒塗りの肉太円輪郭とその輪郭内部の中心に内包される黒塗りの正円からなる図形からなるものである。他方,本願商標は,別紙記載1のとおりの構成,すなわち,上下左右に三角形の突起を有する黒塗りの肉太円輪郭とその輪郭内部の中心に内包される黒塗りの正円からなる図形部分と,その下方に上記図形と比して1/5程の大きさで「DAIWA」の文字を配した構成を組み合わせた結合商標である。

 そして,本願商標の図形部分は,日南市章とほぼ同一といってよいほど類似していると認められるが,同図形部分は,日本銀行の行章(甲28)とも類似しているところ,同行章は「日」という漢字の古代書体に由来していることが認められる(甲28)。また,光が上下左右に4本伸びた構成(「上下左右に三角形の突起を有する黒塗りの肉太円輪郭」の構成)は,日立製作所の社章でもよく知られたものである(弁論の全趣旨)。そうすると,本願商標の図形部分は,本願商標の大きな部分を占めるものではあるが,「日」という漢字の古代書体に由来するありふれた図形であって,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものとまでは認められない。他方,本願商標の「DAIWA」の文字部分は,図形部分と比して1/5程の大きさにすぎないが,同部分から「ダイワ」の称呼が生じることは明らかである。また,我が国には,「ダイワ」,「大和」を冠した企業名が多数存在する(裁判所に顕著な事実)から,取引者,需要者は,「DAIWA」の文字部分を企業名に関する表示として認識し,同部分からそのような企業名としての観念を生じるものと認められる。したがって,本願商標の「DAIWA」の文字部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認めることはできない。

 以上によれば,前掲最高裁判決の判断基準に照らして,本願商標の構成から図形部分を抽出し,この部分だけを日南市章と比較して商標そのものの類否を判断することは,許されないというべきである。そして,本願商標と日南市章を全体として対比すると,外観において本願商標の図形部分と日南市章は類似するものの,本願商標が「ダイワ」の称呼を生じ,「ダイワ」ないし「大和」の企業名としての観念を生じるのに対し,日南市章は,特定の称呼,観念を生じるものとは認められないから,全体として類似するとはいえない。

 

 ※下線部分は筆者

考察

 現在、産業構造審議会知的財産分科会商標制度小委員会商標審査基準ワーキンググループ(WG)において、商標審査基準の全面的な見直しが審議されています。

 

 本年度(平成27年度)の1回目のWGでは、4条1項6号の審査基準について議論がなされましたが(国としてオリンピックを招致したときの約束事として、オリンピックを想起させるものは制約しなければいけないことになっているらしいので、6号を最初に議論したようです)、本件は、6号の審査基準の改訂の方向性を理解する上で、一つの参考になると思いますので、今回取り上げさせて戴きました。

 

 まず、4条1項6号の現行の審査基準は「都道府県、市町村、都営地下鉄、市営地下鉄、市電、都バス、市バス、水道事業、大学、宗教団体、オリンピック、IOC、JOC、ボーイスカウト、JETRO等を表示する著名な標章等は、本号の規定に該当するものとする。」と記載されているのみで、6号の「公益に関する団体であって営利を目的としないもの」、「著名なもの」、「同一又は類似の商標」など、各文言、要件の解釈、判断基準が示されていません。

 

 それが一つの要因かもしれませんが、本件のような、市町村の市章の「著名性」が争いとなり、知財高裁が6号の「著名」の解釈、基準を示したのが本判決であります。

 

 知財高裁は、

 ・(6号の)「著名」とは、指定商品・役務に係る一商圏以上の範囲の取引者、需要者に広く認識されていることを要する。

 ・著名であるか否かは事実問題であり、例えば、国又は地方公共団体を表示する標章が告示されたとしても当然に著名なものとなるわけではない。

 と判断しています。

 

 この判示では「一商圏以上」という範囲には不明確さがありますが、6号でいう「著名」には、必ずしも全国的な著名性はいらないことになるのではないかと思われます。

 

 ところで、商標法上「著名」という基準を用いて登録要件を判断するのは、4条1項6号と8号です。

 6号の「著名」と8号の「著名」は同じ基準と理解してよいでしょうか。

 

 この点に関して、まず、最高裁判決「国際自由学園事件」(最判平成16年(行ヒ)第343号)で「(著名な)略称が本人を指し示すものとして一般に受け入れられているか否かを基準として判断されるべきもの」と、8号の「著名性」が示されています。

 

 また、逐条解説(第19版)1286頁では「6号の立法趣旨はここに掲げる標章を一私人に独占させることは、本号に掲げるものの権威を尊重することや国際信義の上から好ましくないという点にある。(省略)単純な人格権保護の規定ではなく、公益保護の規定として理解される」と記載されています。

 

 更に、本判決では「同号に掲げる団体等の公共性に鑑み,その信用を尊重するとともに,出所の混同を防いで取引者,需要者の利益を保護しようとの趣旨に出たものと解される」と判断しています。

 

 このように、6号と、人格権保護の8号とでは立法趣旨が異なり、6号の「著名」と8号の「著名」の程度は違うものだと理解すべきだと思います。

 

 WGでも、6号は、公益保護の観点から、全国的な需要者の間に認識されるにまで至っている必要はないという方向性を示し、4条1項8号の「著名」との関係を整理する必要はあると議論しています。

 

 より明確な商標審査基準となるよう、今後のWG等での議論を期待したいと思います。

 

以上